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芸術的に生きる

描き描き…消し消し…ミロ、ピカソ、ダリ、カザルス、そしてアントニオ・ガウディ、誰もが知っている世界的な表現者達。そして彼らが生まれ育ったスペイン、カタルーニャ地方のバルセロナ市。

ぼくは昨年秋からしばらくの間、スペイン芸術を学ぶためこの地にくらしました。最初はガウディ建築協会専門学校の生徒として、後半はミロ芸術を支え続ける彫刻家アルティガス氏のアトリエの住人として。  ガウディやミロ、ピカソの意思を受け継ぐ人達との生活を通し、彼らから教わったことを、今日は少しおしゃべりしたいと思います。  さて、最初にお世話になったガウディ建築協会専門学校のお話から。

みなさんはサクラダファミリア大聖堂というガウディ建築をご存知でしょうか。この教会は1800年代後半から建築が始まり、それ以来120年もの年月がついやされています。完成まで、あと200年とも300年ともいわれている(しかし、地元では2022年に完成?と発表)この教会の、気の遠くなるような作業を、陰で支えているのが、ぼくの通ったガウディ建築協会専門学校です。

教会内部の装飾部分や古い箇所の修復を、先生や卒業生が担当しています。ヨーロッパ中からこの学校に集まる青年たちは、サクラダファミリア大聖堂の建築作業を通して、今は亡きアントニオ・ガウディの意思にふれているのです。それほどまでに人を魅了するガウディ建築。僕のスペインでのガウディ研究は、この学校からスタートしました。

朝8時から夕方5時までの実技中心の授業で、カタルーニャ地方独特な伝統的レンガ施工法や、セメント・石膏の扱い方、モザイク技術などを学びました。その合間を見てはサクラダファミリア大聖堂の建築現場を訪れ、実際の作業を見学、大勢の職人さんの手元をこの目で見てきました。

サグラダファミリアぼくはそれらの現場から興味深い発見をしました。それは、すべてのものごとが手作業であると云うこと、つくりだされるものに直線的な部分がなく、すべてが曲線、曲面の繰り返しであること。それも、植物や自然界の中にある法則を計算して形にしているのです。どこかあたたかくほっとする、人にやさしい感じがする、見ていてあきない…等々。そして、そのすべてが腕自慢の職人さんの手によるものでした。

以前の日本人が生活の中心に位置付けていた、手づくりの大切さを、スペイン人はゆっくりと守りぬいていたのでした。なぜ、大勢の日本人が、あのサクラダファミリアを訪れたいのか、わかった気がします。僕達日本人も、心の中でじっくりとものを考え、手の中で練り上げながらものごとを進めていく、そんなゆったりとした作業を取り戻したいと思っているのでしょう。

さて、仕事場をさがしていた僕に、ある日ステキな誘いが舞い込みました。バルセロナ市から車を2時間ほど走らせた山の中、彫刻家のアルティガス氏のゲストハウス付き貸しアトリエがあり、個展準備で忙しいアルティガス氏の作品制作を手伝いながら住んでくれる人をさがしている、と言うものでした。

アルティガス家は代々、画家のホアン(またはジョアン)・ミロ(1893―1983)を支援してきた一族で、ミロに陶芸を勧めたのはおじいちゃんのアンクル・アルティガス、そして数々の大きな陶モニュメントや陶壁画(大阪万博会場にもあります)などは、今回お世話になるアルティガスJrさんが中心に製作してきたそうなのです。

僕はさっそくアルティガスさんの住む小さな村に向かいました。そこには17世紀に建てられた母屋と、近代的なアトリエ、ギャラリー・ゲストハウス。そして、そばには11世紀に建てられた古いロマネスクの小さな石作りの教会。まるで中世そのものです。

一期一会そして、アルティガス家の母家には、ミロ、ピカソ、ダリなどのヨーロッパ芸術があちこちに飾られ生活の中にとけこんでいます。アルティガスさんの一族が集まる新年の集いでは、大勢の人たちが集まり、工房では大きなマキ窯(かま)が焚かれ、作品たちが出番を待っていました。夜通しのかま番をみんなでしながら、話はつきません。

だれかが、芸術とは何か?芸術家とはだれのことを云うのか、と問いました。

答えてアルティガスさんが云います。芸術とは生活そのものをいうのだと。生活こそが芸術的でなければならない。真剣に生きる姿をもった人が芸術家なのだ。画家や彫刻家を名乗っていながら、芸術的でない人がいる。そして、芸術家ではないが芸術的な農夫、芸術的な経営者がいる。

ヨーロッパの街には真の芸術は何かを理解し”芸術的な人“と呼ぶにふさわしい人々が大勢いるのだ。そしてアルティガスさんはこのおしゃべりの締めくくりに、ピカソやミロと同じくらい芸術的な庶民が彼らの回りにいて、真剣に生きることを楽しんでいたと。表現者達はその真剣に生きる人たちと出会ってはじめてその空気の中で名作をのこせたのだと、教えてくれました。

今回これらの体験を通して学んだことは、芸術が持つ本当の意味でした。表現する喜びは年齢に関係なく必要なこと、芸術的な生き方(真剣に生きる姿)は街にあふれていなければいけないでしょう。これからはそのことを僕の活動を通し、たくさんの人達に伝えていきたいと思っています。